2013年3月29日金曜日

HIROSHIMA 1958


戦後十数年の広島を訪れた女優のエマニュエル・リヴァが撮った写真集だ。切り取られた風景や映し出された人々には、とても品格を感じる。撮る側の品格もあるのだと思う。リヴァの新作の公開に合わせたのかもしれないね。

この一週間、体調もよくないので、自宅で映画を見ていることも多い。今日は、Sound of music だ。もちろん、感動的な場面では、時々泣きながらね。(笑)

映画を見ると言うけれど、映画とは友人のようなもので、むしろ、こちらの話を聴いてもらっているのではないのかな。こちらの心の声とかをだまって聴いていてくれているのではないかと思う。そして、最後に、人生で大切な物が何か友人として教えてくれる。そんな風に考えている。

だからこそ、見る側の感想や反応も違うのだろうね。映画に自分のことをきちんと伝えることができたのか、その違いが出るのだろう。

これくらいの文章を書くのも、今は辛い。明日、体調がよければ、少し長めの外出がしたい。

2013年3月27日水曜日

向き合う人々


深夜に映画を見ている。この数日、うなされるほどの夢を見ることが多くて、眠るのが怖いのだ。実際になかなか寝つけないし、無理に眠ることも難しいことだからね。体調がよくないのだろう。

映画のモチーフは、9・11だ。人は、何かや誰かとと向き合いながら生きている。あるいは、そうでない人もいるだろう。何かと、あるいは誰かと向き合うということは、意図するにしてもしないにしても、大変なことだからね。

例えば、誰かを失うこととはとても悲しく辛い。けれど、悲しみや辛さの反意語は、喜びや楽しさではない、虚無だ。正しいとか正しくないではなく、良いこと悪いことでもなく、何も感じない、考えないと言うことだ。虚無から逃れるとすれば、そのためには向き合うしかない・・・。それが辛い行為でもね。

そう言う自分がどこまで向き合えているのだろうか、少なくもひとにどうこう言えるほどの資格もない。それでも向き合ってみよう、何より自分自身とね。そう考えたりする。

泣きながら映画を観た。そろそろやすむことにするよ。もうすぐ、夜明だ。

PS.今日の夢は、「じゃりんこチエ」の実写版のようなストーリーだった。笑えてむちゃくちゃだけど、ちょっぴりしんみりさせる話でよかった。疲れたけどね。

2013年3月15日金曜日

卒業式


今、ミスドにいる。日によって体調も違うし、一日のうちでも時間によって変わる。少し気分がよいので、外に出た。今日は近くの学校で卒業式なのだろう。幾人かの仲良しの母子のグループが楽しげにおしゃべりをしている。

この後夕食の買い物をして、帰宅する。料理は、リハビリにちょうど良い。体力はつかわないかわりに、材料をそろえたり、手順なんか考えるのに、論理的な思考をするからね。

まだ、読書ができないし、ドライブも難しい。病気の卒業まで、もう少しかな。

PS.帰宅したら少し疲れた。夕食の支度をして、ボンヤリしている。元気になったら、やりたいこと。いつものカフェで読書をする、美術館へ行く、エスカレーターではなく階段を使う、とりあえずそれくらいにしておこう。

2013年3月14日木曜日

おぞましい自分


昨日、出歩いたら今日は体調が良くなかった。一日、自宅で過ごしたのだけれど、夜になって、この本がコンビニに届いたので受け取りに行った。

子どもを殺す夫婦が裁かれて死ぬまでの話だから救いがない。ただ、読後感がむしろ爽快なのは、人というもののひとつの本質をストレートに描いているからだと思う。少なくとも作者が主人公たちを善悪で断罪してはいない。

自分が他人からどう思われているのか気になるのが普通だ。少なくとも自分はそうだし、その傾向が強いタイプだと思う。同時にそんな自分がいやだと感じてもいる。そんな気持ちひっくり返してくれる。今の自分が救われた。

2013年3月11日月曜日

希望の日


肌寒いけれど、良い天気だ。こんな日に出かけたいのに体が言うことをきいてくれない。今日は、あの震災から2年。同じ頃、母を亡くして、どうにも気持ちの整理が出来ないまま来てしまった。そのせいもあるのだろう。テレビのニュースも刺激が強すぎて視ることができない。うたた寝をしたり、ぼんやり過ごしている。

元気になりたいと思う。本を読んだり、車を転がしたり、写真を撮ったりできると良いなと思う。午後から体調が良くなったら外に出ることにしよう。

今日、何人もの人が、「何とかできなかったのか、あの時」と、自分を責めているかもしれない。けれど、どうか、それは、そんな風には、考えないでほしい。逝ってしまった人、残された人、その人達のために等しく祈りを捧げたあとで、自分とまわりの人たちの幸せについて考えよう。できることをやってみよう。

少なくとものこの国には、まだ、こんな素敵な風景がある。

2013年3月7日木曜日

恋する時間



出張で会議に来ているパートナーを近くのコーヒーショップで待っている。その間に本を読んで過している。時空ものの古典SFアンソロジーだ。短編集なので人待ちの時間に読むのにちょうど良い。

すでに二時間を経過しているけれど、会議はまだ終わらない。私と同じかそれ以上に忙しいパートナーのことが気がかりだ。そのくせ自分の大好きな人を待ちわびる時間は、とても素敵な恋の気分になる。

体調はまだ戻らないけれど、しばらく更新していなかったこのブログに書くこともリハビリのひとつになるかもしれないね。これまでは、長い時間文章と向き合うだけの体力がなかったし、少しずつ戻ると良い。自宅で過ごしている時間も外出に向けられるようにしたい。

三杯目のコーヒーを飲み終えた。

エスケープ


先月、週末に2泊3日の研修があったパラレルに構成されたプログラムの時間流れの中から自分の好みで講座を組みあわせることができる。体調を崩してしまった私は、HOTELの窓からぼんやりと何もせずひたすら琵琶湖の風景を眺めて過ごした。

休日に自費で参加しているので、誰かに文句を言われることこもない。少しぜいたくな気分で、ほとんどだれとも会わずに、本もよまず、テレビもみない、食事以外は、ベッドでうたた寝をしているだけだ。

本来ならコースとコースの間を縫うように講座を渡り歩いて必死で講師の話をきいているとろだろう。

神様はこの頃からすでに警告を与えていたのに、気がつかないふりをしていたのが、もう自分の体を騙せないほどの疲労が、襲ってきた。やれやれだ。

早めに切り上げた研修のあとに近くの作家の工房を訪問し美味しいお茶とケーキをいただいた。学校を抜け出してサボっている気分だね。

気力と体力がもどったら少し専門書を読み漁ろうと考えている。但し、体調は一進一退。先が見えない。これまで普通にやれていたことができなくなった。そんなときは、何もせず静かに過すし回復を待つしかないね。少し辛い。

2013年3月6日水曜日

迷い子


すでに読んだ絵本とも少し違う印象の暖かみと寂れ感のあるノスタルジックな色づかい、象徴的にデフォルメされた人物やアイテム、寓話的でシンプルなストーリー・・・。

午前中に少し家事を済ませて、外に出る気になれないまま、ショーン・タンのDVDを視た。色いろな視かたのある物語だと思うし、どのように視ても許される鷹揚さのある物語だと思う。

私がなくしたものは、なんだろう。あるいは、残されたものは、なんだろう。今の私には、大切なものを数える時間がある。その時間を与えてもらったのだろう。もう少し休むことにした。

2013年3月4日月曜日

あなたがそこに居る


あなたがそこに居る
たったひとつの
あなたがそこに居る
たったひとつのあなたが
いくつも重なりあってそこに居る
呼びかける祈りに
たったひとつの あなたが応えている
いくつも重なりあって応えている
波のうねりは
多分そのささやきなんだろう
途切れることなく返す波は
多分そのなぐさめなんだろう
私はだいじょうぶ
私に不安はありません
幸せの残り火が
いつだって心にあります



体調をくずして、しばらく会社を休むことにした。職場の上司や部下たちには迷惑をかけてしまうし、ましてや年度末のこの時期だ。ずいぶん悩んだのだけれど、みなロをそろえて「休め」と言ってくれるし、少し甘えることにした。

ちょっとした家事以外は、一日何もせずに刺激のない生活をしている。貪るような読書も疲れはてるほどのドライブもなしで過している。もちろん仕事もなしで毎日が休日だ。こんな日が来るなんてね。不思議な気分だ。

テレビもあまり見ないけれど、聞くともなしに哀しいニュースは聞こえて来る。逝ってしまった人、残された人、その人達のために祈ることくらいはできる。きっとあったであろう幸せの残り火を心に留めておこう。

PS.何よりパートナーに感謝。ありがとう。