このドラマは、古い手巻きの時計を中心にして物語がある。それに人と人の気持ちのすれ違い、東日本の大震災、生き残ったけやきがモチーフとして絡む。真面目なドラマだった。
先日買った(買ってもらった)時計は手巻きだ。当たり前だけれど、一日に数秒ずれる。そのズレがむしろ心地 よい。何もかもが、すべて正確に刻まれるのも窮屈だからね。一方で、時計のズレが一日に数秒だけという職人の技のもそれはそれで すごいことに違いない。
ズレについて考えた。自分のことは自分が一番、知っているのか、他人が見た自分とのズレ、時が経てば、昨日の記憶は曖昧になり錯綜する。ましてや「明日の自 分」を正確に思い描くことは自分にも他人にも難しい。
明日の自分を決める人生の節目、ターニングポイントがある。その節目を自覚的に自分で選択することを迫られることもあるだ ろう。その時だけは、他人が決める「自分らしさに」従うことはできない 。一方で、その節目ごとに他者との調整や意見交換が必要だったり、それ どころかトラブルにさえなることもあるからやっかいだ。
だからこそ自分が自分の選択をする時、知恵と言葉が大切になる。自分と他者のズレ、あって当たり前なんだろう。そのズレを丁寧に解きほぐすために、力技だけではない知恵と言葉を磨いておこう。それから普段使いのおもいやりもね。「おはよう」「ありがとう」必要なときに「ごめんなさい」と簡単な言葉をきちんと伝えればよいのだけどねえ。
自分の時計を見ていると「ズレていてどこが悪い」と言われているようで、爽快だ。だからこそ 、日ごとネジを巻き、時間を合わせるように、ていねいにどこかで自分の ズレを調整するのかね。
もっとも、はじめから自分らしさがあるのではなく、選択の繰り返しの轍が結果的 に自分らしさになるのだ。価値観、知恵と言葉、希望と勇気、友達の選び方、職業を選び時には辞める、いろいろひ っくるめて自分らしさなんだろう。でもね、どこかで今ある自分をぶっ壊したい衝動もある。そうね、とりあえず明日から「いい人」辞めます。(笑)
2013年11月22日金曜日
「緑の旅人」
昨日はクラブのある後輩の誕生日だった。僕らは自分たちのことを緑の旅人と呼んだ。僕らはみんなまだ旅の途中にいるような気がする。彼らがいることで、私はどれほどか勇気づけられ、希望を失わずにいることか。そして、旅は続く。
「緑の旅人」
新緑の芽吹きに聞き耳を立てて
盛夏の木陰にある漆黒の闇に魅入られる
紅葉の窯変におののき
落下する葉脈の叫びを聞く
あなたは多分新鮮な言葉を求める
緑の旅人なのだろう
それは恋にときめくように
言葉に出会ってしまうのだ
あなたが生まれた初めの日
新鮮な空気と入れ替えに吐いた言葉
あなたはおぼえているだろうか
その時からあなたの旅が始まった
「緑の旅人」
新緑の芽吹きに聞き耳を立てて
盛夏の木陰にある漆黒の闇に魅入られる
紅葉の窯変におののき
落下する葉脈の叫びを聞く
あなたは多分新鮮な言葉を求める
緑の旅人なのだろう
それは恋にときめくように
言葉に出会ってしまうのだ
あなたが生まれた初めの日
新鮮な空気と入れ替えに吐いた言葉
あなたはおぼえているだろうか
その時からあなたの旅が始まった
2013年11月20日水曜日
雨宿り
ひきこもりから徐々に復活し、散歩を始めた。足もとをTimberlandのトレッキングシューズで固めて、山歩きの準備も兼ねて歩く。くるぶしまでカバーするので荒れ地や坂道でも安心して歩ける。どちらかというと歩きグセが荒いので道具としての靴に頼っている。
トレッキングシューズは、歩き方も筋肉の使い方も街中の通常の靴とは異なるので、履き慣らして筋肉の記憶を取り戻そう。住宅街を抜けるコースにある斜度30度の坂で息が上がった。完全復活まで時間がかかりそうだ。
ミスドで一休みしていると、振り始めた雨に足止めされた。その間に経済誌に目を通した。自分の業界以外の広い視野を持つことは大切だし、好奇心を刺激する。散歩してる間もそうだけど、「雨宿り」と言う寄り道の時間には、芽吹く木々のように思考が展開する。
誕生日のプレゼントに以前から欲しかった手巻式の時計とパーカーの筆記具を買ってもらった。手に馴染む道具も思考を豊かにしてくれそうな気がする。(笑)考えるときに手先を動かす、例えば、落書きしながら考えると、脳が活性化するというのも脳科学的な根拠があるらしい。
別のSNSで友人と英語教育のことが話題になった。日本の英語のリテラシが低いとして政府が「実践的な」教育を提案している。友人の意見のひとつは英語には「(情報交換のための)単なる道具」以上の魅力があるという点だ。私も強く同意する。私自身が詩を読み書きするとき、そこには言葉との新鮮な出会いがある。それは言葉へのときめく恋心のような感覚だ。たかが道具、されど道具。
そうこうしているうちに雨が上がりそうなのでミスドを出たものの小雨。出掛けにも天気を読み間違えたんだから、もう少し天気や自然に対する感も取り戻さないとね。現役の頃は「あと2時間で雨が降る」といったことまで予測できた。天気図を読んで必要な観察をするとかなり精度が上がる。山は単独行が多かったし好きだから、自然に対する観察と直感が命に関わる。もう一度自分の心と体をリストラクチャしよう。
少し長目の人生の「雨宿り」が続いている。降り止まない雨はない、と人は言う。
トレッキングシューズは、歩き方も筋肉の使い方も街中の通常の靴とは異なるので、履き慣らして筋肉の記憶を取り戻そう。住宅街を抜けるコースにある斜度30度の坂で息が上がった。完全復活まで時間がかかりそうだ。
ミスドで一休みしていると、振り始めた雨に足止めされた。その間に経済誌に目を通した。自分の業界以外の広い視野を持つことは大切だし、好奇心を刺激する。散歩してる間もそうだけど、「雨宿り」と言う寄り道の時間には、芽吹く木々のように思考が展開する。
誕生日のプレゼントに以前から欲しかった手巻式の時計とパーカーの筆記具を買ってもらった。手に馴染む道具も思考を豊かにしてくれそうな気がする。(笑)考えるときに手先を動かす、例えば、落書きしながら考えると、脳が活性化するというのも脳科学的な根拠があるらしい。
別のSNSで友人と英語教育のことが話題になった。日本の英語のリテラシが低いとして政府が「実践的な」教育を提案している。友人の意見のひとつは英語には「(情報交換のための)単なる道具」以上の魅力があるという点だ。私も強く同意する。私自身が詩を読み書きするとき、そこには言葉との新鮮な出会いがある。それは言葉へのときめく恋心のような感覚だ。たかが道具、されど道具。
そうこうしているうちに雨が上がりそうなのでミスドを出たものの小雨。出掛けにも天気を読み間違えたんだから、もう少し天気や自然に対する感も取り戻さないとね。現役の頃は「あと2時間で雨が降る」といったことまで予測できた。天気図を読んで必要な観察をするとかなり精度が上がる。山は単独行が多かったし好きだから、自然に対する観察と直感が命に関わる。もう一度自分の心と体をリストラクチャしよう。
少し長目の人生の「雨宿り」が続いている。降り止まない雨はない、と人は言う。
2013年11月19日火曜日
2000万人の誕生日
世界には同じ誕生日の人が約2000万人。日々の糧にも困る人、大切なものをなくした人、病にある人、巨万の富と孤独を天秤にかける人、牢獄にある人、初めての恋をした人、笑う人、ため息をつく人、いろいろだろうけど、今を生きているあなたは、ただそれだけで美しい奇跡の存在なんだ。
おめでとう。そして、ありがとう。
2013年11月11日月曜日
「海竜 Pleciosaur 序章」
今日はパートナーの誕生日。単純にうれしい。
「海竜 Pleciosaur 序章」
八海里先の臭いを嗅ぎ分け
気配を消して慎重に間合いをとる
一瞬身を跳ねて獲物を絞り骨を砕く
牙は皮膚を裂き血肉を喰らう
それは決まりきった手順で
ジュラ紀の遺伝子に紡がれた知恵だ
怒りもなく喜びもないまま
脳をめぐるアドレナリンの勤勉
しかしこの胸骨を締め付ける重さは何だろう
「なくしたものへ愛しさを悔いているの」
肩を震わせて逃げてゆく熱は何だろう
「それは哀しみの始まりなの」
やわらかに伝えてくてるあなたのそばで
あふれる涙を止めることができなかった
その日からいつか私が水底の躯となるまで
あなたのそばに居ることがたったひとつの願いになった
「海竜 Pleciosaur 序章」
八海里先の臭いを嗅ぎ分け
気配を消して慎重に間合いをとる
一瞬身を跳ねて獲物を絞り骨を砕く
牙は皮膚を裂き血肉を喰らう
それは決まりきった手順で
ジュラ紀の遺伝子に紡がれた知恵だ
怒りもなく喜びもないまま
脳をめぐるアドレナリンの勤勉
しかしこの胸骨を締め付ける重さは何だろう
「なくしたものへ愛しさを悔いているの」
肩を震わせて逃げてゆく熱は何だろう
「それは哀しみの始まりなの」
やわらかに伝えてくてるあなたのそばで
あふれる涙を止めることができなかった
その日からいつか私が水底の躯となるまで
あなたのそばに居ることがたったひとつの願いになった
2013年11月7日木曜日
安藤美姫と楽天
日本シリーズの盛り上がりには物語としての定番があった。巨人と楽天、中央と地方、老舗と新参、権威と破壊、アナログとデジタル、挙げれば他にもあるだろう。そのことがファンを引き付けた。
安藤美姫がソチに向けて復活の路を歩んでいる。プライベートな出産を経て、そのことを沈黙のまま引き受けて、挑戦する覚悟と姿勢に敬意を表する。そこには、一人の人間が生きようとする物語がある。
充分とは言えない得点という客観的な「根拠」(エビデンス)は、彼女の挑戦を無謀というだろう。しかし、語るべき(ナラティブ)な「物語」にワクワクする。ソチへの切符を手に入れられるかどうか、それも含めて、物語を楽しもうと思う。
安藤美姫がソチに向けて復活の路を歩んでいる。プライベートな出産を経て、そのことを沈黙のまま引き受けて、挑戦する覚悟と姿勢に敬意を表する。そこには、一人の人間が生きようとする物語がある。
充分とは言えない得点という客観的な「根拠」(エビデンス)は、彼女の挑戦を無謀というだろう。しかし、語るべき(ナラティブ)な「物語」にワクワクする。ソチへの切符を手に入れられるかどうか、それも含めて、物語を楽しもうと思う。
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