2014年7月21日月曜日

ライブだぞ!

雁道商店街でのライブが終わった。衣装はブルースブラザーズ風。コンセプトは「おじさんの、おじさんによる、おじさんとおばさんのための、昭和JPOP」。松田聖子、サザン、中島みゆきetc.8曲を7分間にまとめた荒業のメドレー。ギターとパーカッションの技量のおかげだ。感謝。

主催は愛知県の私学の連絡会と商店街。メインプログラムは著名な講師による講座であるサマーセミナーだけど、私学の保護者だけではなく現役の高校生が実行委員で商店街の模擬店やプログラムを支えてくれている。それに学生のころ、この商店街には本当にお世話になった。感謝。

ライブには、ダンス、太鼓、アカペラ、地域や高校生のグループが参加していて、元気をもらった。その最後に商店街の広場いっぱいに色々な学校の高校生が広がってスマップのJOYを踊るのだけど、その前向きなエネルギーに感動したんだ。この国の未来には希望があると、そう思える。感謝。

そうそう、時間が押して演奏できなかったけど、アンコールもあったのだよ。まあ、サクラのおかげみたいなものだけどね。サクラさんも含めてバンドの仲間とプログラムの後で食事をした。互いの近況や音楽の話だとか他愛もない内容だけど、本当に楽しい時間だった。感謝。

さて、バンド活動を再開。ライブと合わせてオリジナルのレコーディングも始める。最後になったけど、告知。バンド名は「あまのじゃく」。オリジナルからリミックスまで何でもやります。御一報いただければ、どこでも参ります。(笑)

2014年7月15日火曜日

バンドやろうぜ

先日、バンドの練習のために名古屋へ行った。宿はかつての母校の近くの和風旅館。ここには母校を受験するために泊まったことがある。四畳半の和室、共同便所と共同浴室。40年前にはどんな気分で泊まっていたのだろう。覚えているのは、同じ日に泊まった奴が後日、同じクラブに所属することになった。これは偶然か必然か。

40年の経過の中で商店街にある喫茶店シャモニーは、変わらない風景の一つ。わたしは喫茶店あすなろに通っていた。教室にいる時間より、そこか部室で過ごしている時間の方が長かった。それも今はない。

夜、友人と待ち合わせて居酒屋で飲んだ。互いの容貌は変わっても40年前と変わらない空気がある。相手を理解しようというような関係ではない。少なくとも私はね。本音だとかそうでないとか、別にねえ。ただね、一緒にいると明日を信じられるような気がする。

さて、こんどの20日(日)名古屋市瑞穂区雁道商店街、18時15分よりライブやらせていただきます。スリーアミーゴによる「70年代J-POPremix」てな感じでございます。ちなみにライブやらせていただけるなら、何処にも参ります。オリジナルでもコピーでもご要望に応じます。(笑)

2014年6月9日月曜日

学生街の喫茶店

この街を訪れたのは何年、数十年ぶりか。母校であった大学は、今は山手の広々とした場所に移転している。宿泊した旅館は大学を受験するために40年前にも利用したことがある。

早朝、近くを散歩した。かつての母校は私 立高校になって朝練の学生が自転車で門をくぐっている。大学前の喫茶店は、閉じられたようだ。下宿の跡地には、綺麗なアパートが建っている。かつて一杯のコ ーヒーで粘って詩を書いていた喫茶店はステーキ屋に代わっていた。なんだか自分だ けが取り残されたような気がした。そのくせそれがとても心地よい。不思議だな。

来月、大学の正門からダラダラと下がってゆく商店街の催し物でライブをすることになった。奇遇だけどその大学の跡地に立った高校との共催らしい。複数のグループが参加するので、持ち時間はほんの10分程度だけど、ギター、パーカッション、ボーカルだけの昔のメンバーで出ることになった。

オリジナルをやりたいところだけど、ベース、キーボード、サイドを集めてやる時間の余裕もなかった。それでも短い時間で聴き手に楽しんでもらうために、今回のライブは70〜80年代のヒット曲をメドレーにすることにした。今回はその打ち合わせだ。選曲、つなぎのコード、あれこれ考えるのは楽しい。自分で選曲しておいてなんだけど、「赤いスイトピー」とかだからね。

オリジナルは、少し時間をかけて録音しようと考えている。メンバーもそれなりの年齢になったのに不思議だけど、声をかけるとすぐにかつての音楽少年や音楽少女に戻る。楽しみだ。


2014年5月21日水曜日

平和ボケ その2


この国が平和ボケだと云う議員は多い。言い方を変えると平和ボケじゃない国を目指そうということなんだろう。その平和ボケじゃない国とはどこだろう。

世界の警察を自認しながら結果的に世界にテロの芽をバラまいた米国か、民族の分離独立を理由にウクライナの一部を併合したロシアか、航空識別圏、国境の拡大を図る覇権主義の中国か、反日を国是として国民の安心と安全に目を向けない韓国か、他国民を拉致し核で他国を脅す北朝鮮か。

EUは、NATO傘下で集団的自衛と戦略組織となり、永世中立国スイスの軍隊は「時間外」にはスクランブルしないらしい、アフリカでは内戦とテロで子どもたちの命は軽い、南米では麻薬と汚職が当たり前で、国連の常連理事国は核保有国だ。

この中のひとつくらいは、きっとこの国のモデルになってくれるのだろうけど、具体的にはどのへんを参考にすれば良いのか識者に教えてほしいと、平和ボケの僕は教えてほしいと思う。

外交というのは「大人」の流儀だ。笑顔と握手の裏で駆け引き、腹の探り合い、妥協、策略を巡らせる。単純に軍事力だけで解決できるわけもない知恵のゲームだ。政治、経済、文化との合わせ技による高度な戦略を求められる。

脱「平和ボケ」。この国の政治家は、どうも子供にもわかるような単純な論法でこの国の舵取りをしているように見えるのだ。
先日、神様に「そこらへん、どうなんでしょう」なんてことをきいてみたけど、答えてもらえなかった。もう少し考えてみるよ。

2014年5月5日月曜日

友達の日



学生時代の山の友達と音楽の友達。大津でまちあわせて、名古屋から来た二人を駅でひろってドライブを楽しんだ。手始めに紫式部ゆかりの石山寺。こじんまりとしているけど歴史の重さを感じさせる。琵琶湖畔のカフェでオーガニック料理のラ ンチで腹ごしらえ。雨模様だけれど、琵琶湖の圧倒的な水量を感じるにはちょうど良 い。

近江八幡に車を走らせて、秀次の山城跡までロープウエイ。修復もしているのだろうけど立派な石垣だ。山を降りて「たねや」と「クラブハリエ」でおみやげを買った。時代劇のロケでも使われる八幡堀をちょっと覗いて、ヴォーリス設計の元小学校、現観光案内所を見学すると観光にふさわしい時間を過ぎた

ダメモトで車を転がして「ケイオン」で有名になった豊郷小学校に着いたら、閉館の時間だった。米原まで二人を送りそこで別れた。また遊ぼうと約束してね。

私は渋滞する名神高速道路を避けて琵琶湖畔道路を大津に戻った。陰鬱な雲の垂れ込 める琵琶湖は、むしろ、心を落ち着かせる。やがて琵琶湖の闇の中に対岸の街あかりが灯る。美しい。大津からは高速に乗って純粋に車と対話する。

先日、唐突に「会わないか」とメールがあって、「いいね」と話がまとまって会うことになった。私の体調を案じてくれたらしい。「十七年ぶりか」なんて話やバカ話や家族や健康の話、私らの年齢にふさわしい話題だ。山と音楽をいっしょにやろうなんて約束もした。少しワクワクする。

尊敬できる人間が友人であることは幸運なことだ。良い友との良い一日だった。感謝

2014年4月30日水曜日

時代


録画していた「北の国から'98時代」を見た。純とシュウの危うく切ない恋、蛍と正吉の結婚、草太の死、いろいろなエピソードに絡んで、農家の苦労だとか、若者の就労、離婚や出産、社会の在りようが物語として紡がれる。

この物語にはいつも励まされてきた、富良野の風景や自然に励まされてきた。なんとか生きて行けるよね、生きていることは正しいよね、そう思える。

正吉がかっこいいな。それからシュウのテーマ曲が切ない。時間ができたら北の国へ行こうかなんて考え始めている。行こうかなと思う。そうして自分を取り戻すのだよ。

2014年4月20日日曜日

パートナーが居ない午後

パートナーは、友人と旅に出た。私は、所在なく県境を二つ超えて車を飛ばし、とあるブックカフェに居る。「君は僕の太陽だ」というのは切実な話だ。定点観測する太陽がなければ、自分の位置がわからないし、自分が誰だかわからない。かと言って、自分が何者かでいようなんて、退屈だし疲れる。

そうこうしているうちに窓の外は雨。冷たい雨に打たれたら、自分の輪郭ぐらいは、わかるかもね。「空気のような人」という喩えだって、もし空気がなくなれば、僕は死んでしまうのだから、ことは緊急を要する。何だか、息苦しくなってきた。

大切な人がそばに居ないだけなのに。