2013年9月15日日曜日

壇蜜さんと全国学力調査

静岡県知事が全国学力調査の結果にキレて、下位の学校の校長名を公表するそうだ。「先生の教えかたが悪いので責任を感じてもらう」ためらしい。そんなことより、知事としてやれることが先にある。クラス定員を減らすことだ。クラスの集団を作るにしても、40人は多すぎる。野球は9人、サッカーは11人、心理療法のグループなら最大でも12人まで、そこまで望まないにしても30人定員までにはしてほしい。同じ調査で上位の秋田県では、県の予算でそれを実現している。しかも学校を越えたベテランによるコーチングも制度化している。申し訳ないが、静岡県知事は知事としての責任を感じておられないようだ。

ちなみにグラビアアイドルの壇蜜さんは秋田県出身だけれど、メディアでの言動を見る限りとても賢い人だ。突っ込みへのレスポンス、視点の広さ。学ぶことが多い。秋田県人はすごい。

2013年9月9日月曜日

この世は生きるに値する

宮崎駿監督が引退する。彼の作品は、こどもたちに「この世は生きるに値する」と伝える。紛争で奪われる命、虐待が打ち砕く希望と信頼、貧困が招く差別と閉塞。その中にあっても、だからこそ、おとなたちは、そのメッセージを伝える役目、使命がある。

オリンピック招致が決まった。宮崎駿の哲学のバトンを、引き継げるのか、世界に向けて、バトンを渡せるのか、その事を問われている。経済効果や活性化と言うような矮小化された世界観ではない。世界中に希望と確信を伝えられたとき、オリンピックは成功と言える。

早く子どもたちのところに戻りたい。直接でも間接でも、そのサポートが私の役目でありたい。副作用の強かった処方をやめた。もう一度、生活のリズムを建て直す。生きることは素敵なことだ。笑顔で子どもたちに伝えるためにね。

2013年8月29日木曜日

迷路

渋谷のホテルには、高層階にメンバーズフロアがあって、ドリンクフリーでゆったりとした椅子がある。滞在中は、そこで一日読書して過ごした。夕方は、フリーのカクテルタイムでアルコールもある。普段は飲まないのだけれど、こんなときはパートナーと過ごす。

昼間の東京は、見渡す限り街並みが広がる。それが果てしない迷路のようで、足を踏み入れると迷子になりそうだ。みんなどこへ行くのだろう。ゴールはあるのだろうか。曲がり角を選びながら、そこに正解はあるのか。

わかることは、その選択の迷いや揺らぎのトレースが、その人らしさなのだろうということだ。今の私は、その曲がり角の路傍のベンチで、立ち止まって、のんびり本を読んでいる。本を読み終えたとき、どちらの道を選ぶのだろう。少し楽しみだ。


2013年8月24日土曜日

東京

パートナーの自己研鑽の研修に付いてきた。雷雨で予定延の便が遅れてホテルに到着したのは深夜になった。住んでいた40年前とは街並みも様変わりしているけれど、喧騒のなかで感じていた疎外感はそのままだ。年齢のぶんだけ穏やかに受け止められる。

10日ほど、自宅にこもって過ごした。久しぶりの外出だけれど、そこが大阪でも東京でもあまり別に意味はないのだと思う。34階の部屋から見た夜景も無機質な箱庭のようだし、生活感のない部屋の刺激のなさに、感情のスイッチが自然に切れる。

2013年8月6日火曜日

桜の国の品格

つい、読んでしまった。目頭が熱くなる。心が弱っているのだろう。マズローの自己実現についての本を読んでいる。テーマのひとつにシナジー(相乗効果)がある、力をあわせるとその和以上の効果を生む。連想したのは、東日本大震災で日本人がパニックを起こさずに整然と行列を作った、ということ。

一人一人の小さな我慢が全体の利益を生む。こうした文化を持つ国は、成熟しているのだ。マズローがシナジーで指摘することのひとつといって良い。この国の品格というものを私は愛している。愛国心といって良い。しかし、何度も言うけど、ナチスを引き合いに出して、憲法を議論しようとする人の愛国心とは、違う。

ただね、誰かの死を、例えば、被爆や、震災の。そのことを自分のせいにしてほしくない。自分の喜びは誰かの喜び、そうだね。誰かの悲しみは自分の悲しみ、間違いじゃないかもしれない。でも、それは、自分のせいではないからね。絶対違うからね。


2013年8月5日月曜日

子どもたちへ

昨日、子どもたちにプレゼントを渡すために知人宅を訪れた。「ボクが先、ワタシが先」まだ幼い兄妹たちがじゃれるように遊ぶ。仲の良い兄妹だと思う。ふと、この子達の未来を考える。のびのび健やかに育ってほしい。また会いに行こうと思う。

世の中には、大人の顔色をうかがうような生活を強いられている子どもが大勢いる。その子達は、そんな生活を強いられていることに、気づくこともない。それを強いている大人にも自覚がない。今日は、気分が晴れない。そんなこと考えるからだろう。やれやれ、私は、人間が苦手だ。

明日は、広島に原爆が投下された日だ。「父と暮らせば」は、数年前、たまたま広島の映画館で見た。ヒロシマやナガサキに限らず、事故や事件で理不尽にも失われる命がある。東日本の震災にしても、取り返しのつかないこと、取り戻せないことを、その時に生まれる思いを人はどうやって、受け止めるのだろう。よくわからないままだ。そのことを考えることと子どもたちの未来を考えることは、同じことなのだと思う。

広島へは、用事もあるし、近いうちに行きたいと思っている。賢くなりたい。

2013年8月4日日曜日

小説忌憚



いつものカフェで企業戦略に関する本を苦い薬を飲み込むように読んだ。良薬は口に苦し。示唆に富む内容で、触発されたことをメモにした。これまでのメモも、まとまった形のレポートにしようと思う。これもリハビリだ。

そのあとで、カフェの本棚から読みやすそうな小説を選んだ。読みはじめて驚いたことに、嵐のように感情が溢れてきた。物語の中の色々な思いが、自分の心を巻き込んでしまう。ドキドキして、少し疲れた。人間の心はやわにできている。あれ、私だけかな。

それでも一冊読み終えることができたのは、このカフェのおかげだと思う。たくさんの本があって、落ちつけるテーブルがあって、ほどよい堅さの椅子があって、美味い珈琲があって、親切なマスターとマダムがいて、感謝。わたしは、たくさんの人に助けられている。