2011年7月17日日曜日

セガンティーニ

  

今、佐川美術館で過ごしている。セガンティーニ展が見たくて訪れた。主要な作品全部を見ることができないのは残念だけれど、その光と色彩に心を動かされる。ぜひ訪れてほしい。

比良山を借景にしたここのカフェは私のお気に入りだ。それでも仕事のことが頭をよぎる、ちょっとしたアイデアだとか、忘れないうちに、メモしようとパソコンを広げたら、さらに仕事に心を占領されてしまう。アイデアを広げるためにネットで資料を探し始めるとか、そうなると本当に仕事になってしまう。休日なんだけどね。

パソコンを落として、もう少しここにいることにするよ。美しい物に囲まれて過ごす時間は、心を豊かにしてくれるような気がする。そんな気がするだけだけどね。

2011年7月14日木曜日

エンゼルクリーム


午前中は現場に入った。現場は楽しいけれど、午後は難儀な店長会議だった。あれもこれも仕事だからね。社内と社外で研修が続くのでその教材の準備もあり、帰りにミスドに寄って。仕事兼夕食。受講者に興味を持って聴いてもらえる、聴いてよかったと思えるような研修にしたい。けっこうプレッシャーだけれどね。

そろそろ、仕事を切り上げようと、ネットにつないでブログを更新している。帰りにショップによって、「マルマル・モリモリ」のDVDを買おう。もちろん、踊るのだよ。

PS.エンゼルクリームのカロリーは案外低いのだよ。

PS.週末に佐川美術館に行こうと思う。セガンティーニの展示がある。

2011年7月10日日曜日

休日


天気も良いし、車に乗り込んで思い立つままに伊勢に向かうと、そこは夏の海だった。伊勢現代美術館は私設のギャラリーで今日は、展示中の作品の作家も来ていた。美術館の人とその作家らしい人がそれらしいやり取りをしていたので多分そうなんだろう。

美術館は何となく自分が賢くなったような気がするので好きだと書いたことがあるけれど、ただぼんやりこんな風景を眺めるのも楽しい。時間を無駄に過ごすというのは、最高の贅沢だからね。

自宅から2時間半もあれば来れるし、気軽なドライブコースだ。別においしいものを食べるとか、他に寄るところもない、ただここでしばらく過ごすだけなのだ。

PS.コーヒーとアイスクリームをいただいた。120Kcalくらいか、今日の昼食。

2011年7月9日土曜日

そろそろ帰ろう


夜までカフェで仕事をして夕食もそこで済ませた。読みたい本があったので最後にそれを読んでいる。人材育成の新書で「『日本で最も人材を育成する会社』のテキスト」という題名だ。

社内インタビュのすすめがあって、「部署の仕事、自分の仕事」「仕事の面白いところ」「仕事の難しいところ」「トレーニング・ニーズ」同僚の顔ぶれ(どんな人がいるか)」「その他の自由な意見」についてインタビュすることで、双方に気付きを促す効果がある。おもしろいから今度やってみよう。

PS.そろそろ帰ろうかな

good bye girl


休日、職場に資料を取りによって、いつものカフェで朝から仕事。研修の資料だとか、報告書だとか、あれこれ、締め切りの迫った書類が目の前にある。やれやれだね。少しネットにつないで息抜きしているところだ。

good bye girl」は、もう30年ほど昔の映画だ。人にはそれぞれ大切な思い出があるだろう。私にとってこの映画は、人は愛するに足るものであり、人は信じるに足るものである、そのことを確かめることのできる思い出が詰まっている。それは失われてもなお、今も記憶のかけらとして、私を励ましてくれている。ありがとう。君は健やかだろうか。

PS.もう少しがんばってみるよ。

2011年7月7日木曜日

ため息


人相手のサービス業ではいろいろなことが起こる。特に人が人にサービスを提供することの難しさに時々、たじろぐことがある。

ため息をつくと幸せが逃げるという人がいるけれど、「ため息つけばそれで済む」と言ったのは、さだまさしか。私が生まれたときの産声は「ため息」だったんだ。「ああ、いやだ、いやだ」とため息ついて生まれたんだ。というのは、最近の自虐ネタだ。

とりあえず、ため息ついて、そのあとは笑ってやり過ごす。そうやって日々の仕事をこなしているけれど、それが正しいのかどうだかよくわからない。ただ、せめて笑っていないと自分も周りも傷つけてしまいそうだからね。

昨日は、ピザを食べた。たまには、いいかと思ってね。今日は、いただいた和菓子とクッキーも食べた。疲れると甘いものがほしくなる。やれやれ・・・

2011年7月2日土曜日

旅支度


やっつけてもやっつけても仕事は降ってくる。雨の中で傘もささずにどこか知らない街にでもいるような気分だ。気まぐれにYou-Tubeをうろうろしていたら、さだまさしの曲があった。彼のまだ若いころのアルバム「夢供養」のラストに収録されている「ひき潮」という曲だ。

「夢もある わかってくれるなら 黙って旅支度に 手を貸しておくれ」というフレーズが、時々、頭をよぎることがある。心が弱っているのだろうね。どこかに帰りたくなる。帰る場所なんかないのにね。

今の私を支えているのは、家族や仕事への愛情だ。たいしたことのない人間でも、誰かに求められたり、頼られたりしている間は何とか生きていける。それが感じられなくなった時が来るとすれば、その時が私の旅の始まりになるのか、あるいは終りになるのか。

その時がきたら考えてみよう。なんだか情けない気分になったきた。ご容赦。

PS.休日、今日もカフェにこもって仕事をしている、それでも足りないと人は言う。(哀)