2011年3月18日金曜日

セーフティマネジメント


業界紙の原稿が仕上がったので、今日メールで送った。時間があるからとのんびり構えていたら、正月を過ぎてから、あわただしい日々が続き、手が付けられなかった。休日にも仕事が入るので、なかなかまとまった時間もとれない。

それは言い訳だね。本来私は、勤勉な人間ではない、文句を言われるのがイヤだから、しぶしぶやっている。とにかく締め切り(今日だけど)には間に合った。許されよ。

原稿のテーマは、セーフティマネジメント(リスクマネジメント)なんだけれど、原稿の仕上げにかかっている時に、東日本大震災が発生した。少し複雑な気持ちで原稿に向かうことになる。人の命に向き合うことが多い仕事だから、報道を受けとめながら、しだいに息苦しさを覚える。けれど、見守ることが、私の役目だろう。記憶し、仕事に活かすことが、専門職としての義務なのだと思う。

無力だなんて思うことはない、それぞれのやり方で、向き合うことだ。

2011年3月16日水曜日

読書の時間と祈りの時間


本屋で探したり、ネットで注文した本がたまってきた。深夜に目が覚めて、眠れないままに読むのではなく、日だまりのカフェでゆっくり読みたい。休みの日にカフェで仕事しているようでは、良くないでござるよなあ。

地震後のこの国の様子を見ていると、政治家の危機管理能力に不安を覚えつつも、外国から見れば、むしろ奇異に見えるほど、国民は、冷静に対応している。買い占めに走る人は、いても略奪が起きているとは聞かない。

気がかりなのは、むしろ、みんな気丈すぎることだ。もっと、おおっぴらに泣いても良いのだと思う。みんな、ひっそりと泣いているのかもしれないね、泣くことを忘れているのかもしれないね。相変わらず私は無力だし、伝える言葉も持たないけれど、ただここで祈っていようと思うのだよ。

この国は、まだ大丈夫だと思う。希望を持とう。

2011年3月15日火曜日

水に沈む町


母が逝ってから一月を超えた。同僚が贈ってくれた本「つみきのいえ」は、水の中に沈む町が舞台になっている。以前から欲しいと思っていた絵本だ。励ましてくれているのだろう。ありがたいことだとも思う。

今、テレビの向こうでは、水に沈む町について別のストーリーが止むことなく伝えられている。被害者の数を数字としてではなく、ひとつひとつの物語として、耳を傾けよう。そして残された者は、幸せになろう。ひるむことなく幸せになろう。泣きながらでもしあわせになろう。

そうあって欲しい、心から願っている。誰もが、誰かのしあわせを祈ることはできる。

2011年3月7日月曜日

休日



土曜日は、カフェにこもって会議の資料を作り、日曜日は、職場で仕事。月曜日は当たり前のように仕事だ。どこかで休みが取れると良いのだけれど、そんな時に限って、職場から携帯に連絡が入りそうで、遠出する気にもなれない。

仕事の遅れやミスが多い、何かを言い訳にすることもできないし、誰かのせいにするわけにもいかない。いっそ「もう、どうでもいいや」なんて言えたら良いのに、それを言える度胸もない。

なんだか、色々なことがおっくうになり始めている。あまり、良くない状態なのだろうね。写真は、病室の窓から撮ったものだけれど、その表情に感情移入している。鳥に表情や感情がなどあるはずもないのに、おろかでござるなあ。

2011年3月3日木曜日

EAGLES


京セラドームでEAGLESのライブが行われた。叫び、歌い、充分に楽しんだ。違和感が残ったのは、ドン・フェルダーが脱退していたからだ。彼がプレイしてこその「ホテルカルフォルニア」であり、「呪われた夜」なのにね。バンドには付きもののイザコザがあったのだろう。やれやれ。

ひとときの楽しみも終わり、追い立てられるように仕事をこなす毎日だ、仕事を辞めようかなと、いつも考えている。同僚から「辞めるのか」と訊かれる。顔に出ているのだろう。辞められない理由があるから、続けている。

アンコールの最後の曲、「ならず者」で泣けてきた。数千人の熱気の中で、泣いた。まあ、そんなこともある。そして心のどこかが少しずつ乾き始めている。感覚をなくし始めている。そう、そんなこともある。人間だからね。

2011年2月20日日曜日

廃墟と呼ばれて


戻りたがっていたふるさとに結局戻ることはなかった。炭鉱の閉山とともに、人口も減り、いっしょに入院していた場所も廃墟と呼ばれ、写真のモチーフになった。この本「廃墟、その光と影」の解説に「時代の欲望と絶望の中で、置き去りにされた」と書かれてるけれど、少し違う。そこには、暖かでつつましい生活があり、未来への明るさもあった。何より、今でも私とその人の大切なふるさとである。

これまで潜んでいた感情が堰を切ってあふれた。今頃なのか、ようやくなのか、よくわからない。あなたの笑顔を見たら、とまらなかった。

2011年2月17日木曜日

バイバイ、またね。


大切な時に言えることは限られているのだろう。棺を閉じるときの言葉は、いつも心に思っていることや、いつも口にしていることだった。「バイバイ、またね。」

夜、珍しくアルコールを口にしながら時間を過ごした。小さな炎は、人の心を慰めてくれると思う。私は涙さえ流さなかったけれど、ざわついた気持ちを柔らかくしてくれた。